日枝神社神幸祭 列次

山王祭は神田祭と共に御用祭として隔年で行うことが幕府から義務付けられていました。

巡行時の行列はとりわけ長いものになった。

祭礼行列は大別して宮神輿行列+山車+附祭+御雇祭の4つに区分できる。氏子町が出す出し物は山車と附け祭の部分で、御雇祭は氏子町以外からのゲスト参加と言える。また、山車は氏子町を一番から四五番に編成して出され、作り物を引き廻し仮装行列を伴う附け祭は、江戸時代後期になると附け祭の演出を手掛ける請負人に委託され、この請負人が歌舞音曲の師匠やその弟子を江戸全域から集めて参加させていた。

2026年4月発行 Tokyo Slowlyより引用