霞が関三丁目町会
霞が関三丁目。これをイメージするのはなかなか難しい。ここには財務省、文科省、会計検査院、金融庁、特許庁が存在するが、いわゆる商店街はない。昼間人口は五万人以上は数えられるが、夜間人口はゼロである。つまり住民が住んでいない町内である。町内会には会員はいる。会員は会社、団体など50数団体にのぼる。私も団体の責任者であるが会長に選ばれて10年ほどになる。それ以前は少ないながら住民もおられた。当然ながら会長は住民代表が務められていた。その状況が失われたときに、しばらくして私が会長になった。
そこで何を町内会の目標にするかを考えた。町内には商店街もなくとも企業、団体はある。これらは業種は異なっているがお互いに交流を望んでいるのではないか?日常的につき合っていれば、顔見知りとなるだろうし、協力し合えることがあるかもしれない。企業によるコミュニティを作ることだ!
それにはシンボルが必要だ。それまで関係が断たれていた氏神である日枝神社との関係を復活することだと思いついた。以来、年初には新年祈願祭を行い、日枝神社から神官を招き、町内会の会員全員130人が集合して、神棚を設けて祝詞を奉上し、お祓いを受け、榊を奉納している。


それまで生活するうえで神社と縁がなかったサラリーマンが、神妙な風情で参拝する風景は悪くない。それが終われば全員がお神酒をいただいて立食の酒宴に入る。持ち寄りの酒肴で会場は盛り上がる。
祭りになれば霞三の法被をまとって若衆の男女が山車を引き、交通整理にあたる。祭りがはねた後の直来は今日の祭りの反省と次回の祭りのあり方に話題が集中する。
新霞が関ビルに三百坪ほどの公開空地がある。春に観桜会があり、そのために桜を植樹した。また、秋には観楓会が開かれる。150名が参加して酒肴を持ち寄り大会食会が開催される。設営と撤去の作業は、企業の枠をこえて全員参加で協力する。
現在、巨大地震の発生が予測されている。しかし、町内会ができることは限られている。せめて会員の最低限の安全を確保することだ。会員は区が斡旋している備品を常備すること。巨大地震が発生したら帰宅困難な会員職員を会員が所有するホール、会議室に緊急収容し、交通手段の回復を待つ。その際に、防災備品を活用することを考えている。
町会長

歴代町会長
| 9代 | 松寿 庶 | 平成26年~ |
| 8代 | 佐伯 正人 | 平成25年~26年 |
| 7代 | 山内 浩徳 | 平成24年~25年 |
| 6代 | 瀬戸 幸司 | 平成23年~24年 |
| 5代 | 水元 潔 | 平成22年~23年 |
| 4代 | 川田 勝啓 | 平成3年~22年 |
| 3代 | 須丹礼アーネスト | 昭和48年~平成3年 |
| 2代 | 平元 敏雄 | 昭和38年~48年 |
| 初代 | 柴田 武治 | 就任時不明~昭和38年 |