町会のご紹介-有楽町町会-

有楽町町会

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 有楽町町会は、昭和8年9月結成以来、各官庁の御指導のもと歴代役員の努力と多年に亘る町会員の皆様の御支援御協力のお陰で、今年92周年を迎えました。顧みますと、昭和史に残る幾多の激動苦難を乗越えた先人の苦労が偲ばれます。戦後の荒廃から70年余り、多くの先人は既に去り、現在の居住者は僅かとなりましたが、各企業の関係者と共に知恵を出し、協力し合い、町会の行事をはじめ役所、警察署、消防署等の行事にも参加しています。

 街の風景、生活環境を現在進行形で変化させながら、発展を続けています。

 町内では、JRの高架線路と晴海通りが交差し、此処を起点に町の街区が4つに分かれており、それぞれに特色があります。

 JR有楽町駅を中心に、東・南部地域は交通会館、阪急、ルミネ、マルイ、イトシアなど大型商業施設、味自慢で個性豊かな飲食店、高層のオフィスビルなど都内有数の集客力を誇ります。

 西部地域は、東京ミッドタウン日比谷に見守られながら、ゴジラファンが集い、国内の映画演劇の中心として燦然と輝き、帝国ホテルや各官庁街と通じています。

 北部地域は、高度経済成長期に建設された著名なビルが立て替え時期を迎え、新たな顔の誕生に大いに期待が寄せられています。

 年間を通じての主な行事は、1月の新年名刺交換会(豪華な景品が好評です)、2月の有楽稲荷神社の初午祭、6月の町会の通常総会、6月の日枝神社大祭、9月の町会レクリエーション、12月の反省納会があります。

(その他)
 生活環境改善推進連絡会合同パトロール(ポイ捨て運動・毎月1回)を実施、春秋の交通安全運動、地域安全運動、防犯パトロール、客引き対策環境浄化パトロール、春秋火災予防運動

(有楽町稲荷神社由来記)
 当初は永井飛騨守が天下泰平と子孫繁栄を祈念して安政6年(1859年)に創立したものであります。社の傍らにある手水鉢は翌年の萬延元庚申年8月に駒野四郎兵衛藤原里知、佐竹源治源義道、千葉脩二平宗克、土屋多蔵源昌大、小川岩蔵源富行、谷本重藤原長徳、井口岩五郎平貞正、清水量蔵藤原吉利の8名が奉納した銘があり、当時から非常に信仰が篤かったことが偲ばれます。

 明治維新後は町制の改革によって稲荷神社もわずかにその跡形を止めるばかりでしたが、明治41年東京市電気局有楽町変電所が設けられたとき祠堂も改修して町内氏子と共に御守りして来ました。大正12年9月1日の関東大震災の際にも周囲は皆延焼したにも拘わらず、当地は災害を免れました。

 昭和8年1月変電所の復興を機会に盛大な鎮座祭を行なって以来、毎年2月初午には大祭を行なっております。
昭和48年9月有楽町電気ビルの新築に伴い、一時赤坂日枝神社に遷座されましたが昭和54年2月再びこの地に復座いたしました。ここにその由緒の概略を延べ伝える所以であります。

町会長

町会長 吉岡 紀子

歴代町会長

15代吉岡 紀子 令和5年~
14代 曽根 健一令和元年6月~令和5年6月
13代小野寺 喬平成25年~
12代髙橋 昌治平成19年~25年
11代鶴田 光雄平成11年12月~19年
  (町会長代理) 小野寺 喬平成11年5月~12月
10代渡辺 元二平成8年~11年
9代青木 稔 平成2年~8年
8代石塚 恒男昭和59年~平成2年
7代伊藤 弘 昭和53年~59年
6代大塚 孝吉昭和39年~53年
5代小谷 桂一 昭和34年~39年
4代鈴木 重毅昭和31年~34年
3代村瀬 清昭和22年~31年 有楽町振興会
2代井上 信 昭和13年4月~終戦 有楽町町会
初代渡辺 亀次郎昭和8年~13年 有一会
金光 庸夫昭和8年~13年 有二会
加藤 芳太郎 昭和8年~13年 有楽会

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