町会のご紹介-内幸町町会-

内幸町について

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 内幸町は千代田区の南東部に位置し、有楽町・銀座・新橋・霞が関など都内有数のビジネス、商業エリアに隣接しています。

 江戸時代以前、内幸町一帯は東京湾の浅瀬でしたが、江戸幕府開府後に埋め立てられ武家地として整備され、陸奥白河藩阿部家、薩摩鹿児島藩島津家、大和郡山藩柳沢家などの大名屋敷が置かれました。明治維新後に旧大名屋敷地が合併され、内幸町が誕生しました。内幸町という町名は、江戸城の幸橋御門の内側に位置していたことに由来しています。

 その後明治政府の欧化政策により、明治16年(1883年)には上流階級の社交場として鹿鳴館が建設され、明治23年(1890年)、時の外務大臣井上馨卿の提唱により国際賓客を迎える宿泊施設として、鹿鳴館の隣地に帝国ホテルが開業しました。内幸町は、我が国の文明開化の舞台として賑わい、政治・経済・文化の中心地として栄えました。

 昭和に入り、多くの施設が企業の本社やオフィスビルへと姿を変え、現在日比谷シティとなっている場所には、昭和13年(1938年)から48年(1973年)までNHK東京放送会館が置かれ、放送文化の発信地として機能していました。

内幸町町会について

内幸町町会は昭和24年に創立し、現在(令和8年3月時点)、20社の企業会員により構成されています。いわゆる住民はゼロで、企業の皆さまの積極的な活動により支えられています。

〈主な町会活動〉
 年6回の清掃パトロールでは、会員企業が総出で地域のごみ拾いを実施し、美しく快適な環境づくりに努めています。また、年末の防犯パトロールや、会員企業の防災訓練視察等の実施により防犯・防災意識の向上も図っています。

 地域活動としては、日比谷神社・山王祭や日比谷公園大盆踊りへの参加を通じて、この土地の文化との結びつきを大切にしています。さらに、区内の歴史的地域を会員企業で探索したり、区主催の生涯学習講座への参加を通じ、会員企業の方々が見識の交流を深め地域への理解と愛着をもっていただけるよう努めています。

 地域活動としては、日枝神社「山王祭」や日比谷公園大盆踊りへの参加を通じて、この土地の文化との結びつきを大切にしています。さらに、区内の歴史的地域を会員企業で探索したり、区主催の生涯学習講座への参加を通じ、 会員企業の方々が見識や交流を深め地域への理解と愛着をもっていただけるよう努めています。

山王祭にて

内幸町今後の展望


 内幸町エリアは、現在再開発の只中にあり、都心最大級、延床面積約110万㎡を誇る「TOKYO CROSS PARK構想」という壮大なビジョンのもと、生まれ変わろうとしています。建物のみならず、日比谷公園では大規模広場の創出や道路上空の公園整備などにより緑と賑わいあふれる街区形成が計画されており、東京に新しい風を吹き込む拠点となることでしょう。

 時代と共に変化を遂げてきた内幸町が大きく変わろうとしている中、内幸町町会は、この地が歩んできた歴史と文化を未来へと受け継ぎつつ、会員企業間の絆を深め、この街のさらなる発展に貢献してまいります。

町会長

町会長 古谷 厚史

歴代会長

7代古谷 厚史   令和3年~ 
6代黒田 元男平成26年~令和2年
5代伊藤 敏郎平成20年~26年
4代田中 進平成2年~19年
3代及川 實昭和55年~平成2年
2代大須賀 一昭和47年~55年
初代   羽田 政勝     昭和24年~47年

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